2014年5月3日土曜日

極月


さ庭辺に蒟蒻を煮る煙たち師走の風はもみじ葉さらう

さ庭辺にもち米を蒸す煙たち年の瀬の風頬をなぜゆく

極月に友は八朔穫り入れる独り黙して氷雨に濡れて

極月に秋冥菊は棉となり風に抱かれ何処までも行く

わが猫は年の瀬を知らず正月も知らずに年を越そうとしてる

1 件のコメント:

HaraTetsuya1 さんのコメント...

さ庭辺に蒟蒻を煮る煙たち師走の風はもみじ葉さらう
 (煙を擬人化する発想に驚きます。こんにゃくを煮る。どこかとぼけたようなユーモア)

さ庭辺にもち米を蒸す煙たち年の瀬の風頬をなぜゆく
 (今度はもち米を蒸す煙たち。冷たい風が頬を撫でてゆく。作者の浮世離れしたような
風貌が彷彿として浮かんできます)

極月に友は八朔穫り入れる独り黙して氷雨に濡れて
 (師走のさびしい情景にも、一抹のユーモアが存在して)

極月に秋冥菊は棉となり風に抱かれ何処までも行く
 (しゅうめい菊は、強靭で、冬は枯れて、春に新芽を伸ばして、コスモスのような紅や白の花を咲かせて、私も好きな草です.どこまでも飛んでゆく棉)

わが猫は年の瀬を知らず正月も知らずに年を越そうとしてる
 (猫は、猫だけの正月や年越しを知っているのかもしれません。漱石の「我輩の猫」を連想して、上品なユーモアに、魅力を感じます。楽しい歌、悲しい歌にかかわらず、ユーモアを持つ歌はすばらしい)